「もっと何かできたんじゃないか」
「自分の対応が悪かったのかな」
真面目な人ほど、起きたこと全部を自分の責任にしようとする。
でも最近、私は思う。
やるだけやったら、あとは放っておいていい。
それに、放っておくとすべてうまく行くという確信がある。
「放っておく」=無責任、ではない
放っておく、という言葉は少し冷たく聞こえるかもしれない。
でもここで言う「放っておく」は
投げやりになることでも、逃げることでもない。
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自分なりに、考えるところまで考えた
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伝えられる範囲で頑張って伝えた
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自分ができる行動は、ちゃんとやった
その上で、これ以上は自分の手の外だと認めること。
それは放棄じゃなくて、線を引くという、ご自愛だと思っています。

自分の課題と、相手の課題
人との関係や出来事には、
必ず「自分の担当範囲」と「相手の担当範囲」があります。
アドラー心理学において「課題の分離」という考え方があり、
「自分の課題」と「他者の課題」を明確に区別し
他者の課題に不必要に介入せず、自分の課題に集中するというものです。
自分にできるのは、
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自分の気持ちを言葉にすること
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誠実に向き合うこと
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できる行動を選ぶこと
でも、
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相手がどう感じるか
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相手がどう受け取るか
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相手がどう行動するか
そこまでは、正直どうしようもない。
よく言われることだけれど、他人の言動はこちらがコントロールできません。
それなのに私たちは、相手の感情や未来まで引き受けようとしてしまう。
でもそれって、優しさというより 背負いすぎ だったりするのです。
やるだけやったのに、うまくいかないとき
自分なりに一生懸命考えたし、行動もした。
それでも、思うような結果にならないことはあるし、それって普通のこと。
でもそれはもう「失敗」でも「責任不足」でもなくて、ただの結果です。
そこから先まで自分を責め続けるのは、自分に対して酷だと思う。
自分の仕事・自分の課題は、もう終わっている。
怖いけど、放っておく
放っておくのは、正直ちょっと怖い。
「嫌われるかもしれない」「見捨てたって思われないかな?」
「もっと大変なことになって取り返しがつかないかもしれない」
なんて、不安に思ってしまうかもしれません。
でも実際は、
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何も起きないことも多いし
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勝手に整っていくこともあるし
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もし何か起きても、ちゃんと対処できる自分がいる
放っておく、という選択は、何も信じていない態度じゃない。
むしろ、
私はもうやることをやった
あとは世界と自分自身を信じる
という、静かで確固たる信頼だと思います。
ご自愛ラボ的結論|大丈夫は、放したあとにやってくる

自分ができる範囲のことを、ちゃんと考えてちゃんとやったなら
あとは、もう放っておいていい。
自分の手の外で起きていることまで、無理にコントロールしなくていい。
世界は、思っているよりずっと勝手に回るし、
ちゃんとうまくいくことも多い。
だから今日は、少し肩の力を抜いて。
ぎゅっと握っている不安を、まるで海に流すような気持ちで、手放してみる。
ぜったいに、大丈夫。
手放したあとに、ちゃんとそう思える日が来るからね。



